信頼をありがとう。術後フォロー卒業患者さんに捧ぐ。
- Jun Kondoh
- 1 日前
- 読了時間: 4分
更新日:4 時間前
一ヶ月の禁酒、その先にあった
一杯

先日、ひとりの紳士が当院に駆け込んできた。
いや、「来た」というより、正確には、痛みに追い込まれて辿り着いた、という方が正しい。
肛門疾患の中でも、最も激烈な痛みを伴う重症例。
歩行すら困難。苦悶の表情、
発症から経緯の説明すら難しい状況。
椅子に腰かけることもままならず、その表情には明らかな苦悶が浮かんでいた。
こういう時に必要なのは、迷いではない。
即断だ。
緊急手術を決断し、その日のうちに処置を行った。
幸い、オペはうまくいった。
しかし、手術とは始まりに過ぎない。
本当の勝負は、その後にある。
術後、私は彼に一つだけ厳命した。
「酒は術後やめてください。最低一ヶ月です。」
彼は、少し困った顔をした。
聞けば、大の酒好きだった。
仕事帰りにふらりと立ち寄るバー。
気の利いたイタリアン。
グラスを傾ける時間が、彼の日常だった。
けれど私は言った。
「術後の自己管理も仕事です。」
「仕事中に酒を飲む人はいないでしょう。」
彼は黙って頷いた。
そこから一ヶ月。
彼は、本当にやりきった。
一滴も飲まなかった。
好きなものを断つ。
それは簡単そうでいて、実に難しい。
けれど彼は、自分の身体を治すために、
それを仕事のように遂行した。
そして今日。
術後一ヶ月目の診察。
一緒に肛門鏡を覗き込むと、
そこには見事に整った正常な景色があった。
腫れもほとんどなく、回復は予想以上に早かった。
通常なら、まだむくみが残ることも多い。
けれど彼は違った。
手術だけではない。
彼自身の規律が、この治癒を完成させた。
私は言った。
「おめでとうございます。今日で卒業ですね。」
彼は、満足そうに笑った。
「今日は祝いですね。」
「どこへ行きますか?」
そう聞くと、彼は少し笑ってこう言った。
「平日の夜だから、一緒に飲んでくれる人はいないかもしれないですね。」
「でも、一人でも行きつけのバーに行きますよ。」
「この一ヶ月、使わなかった分で、最高の酒を飲みます。」
そして続けた。
「そのあと、好きなイタリアンに行こうと思います。」



このコメントは実に、粋だった。^_^
我慢を知る人間の解放は美しい。
ただ欲望に流されるのではない。
耐え抜いた先に、ちゃんと味わう。
それができる人は強い。
診察の最後、彼は近々この土地を離れ、引っ越す予定だと話してくれた。
私は最後にこう伝えた。
「もしこれでもう二度と会わないなら、
それが一番嬉しいですよ。」
医療という仕事は、不幸に付随して
呼ばれる仕事だ。
困ることがなければ、会わない方がいい。
それが本来のゴールだ。
すると彼は、ウインクしながらこう返した。
「北海道に行っても、沖縄に行っても、困ったら先生のところに来ちゃいますよ。」
「そういう場所でした。本当にありがとう。」
私は笑って見送った。
でも、心の中では少し泣いていた。

こういう瞬間があるから、医者はやめられない。
治すこと。
日常を取り戻してもらうこと。
そして、その人がまた好きな酒を飲み、
好きな店へ歩いていくこと。
それ以上に嬉しいことは、たぶんない。
私はいつも思う。
医療とは、不幸に付随して呼ばれる仕事だ。
痛みがあるから出会い、苦しみがあるから
言葉を交わし、
治ったなら、
本来はもう二度と会わないほうがいい。
それが医療の本来あるべき姿だ。
けれど、その短い時間の中で、
互いに信頼し、規律を守り、共に治癒へ向かう。
そこには確かに、人と人との濃密な時間がある。
この紳士もまた、きっともうこの街を離れていく。
もしかすると、二度と会わないかもしれない。
でも、それでいい。
元気で、自分の好きな酒を飲み、
好きな店で笑っていられるなら、それが何よりだ。
医療もまた、人生もまた、一期一会。
だからこそ、その一度きりの出会いに、
私はいつも全力を尽くしたいと思う。





