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胃が痛い、と言うが、本当に胃が原因なのか?🤨🧐

更新日:14 時間前

初診時の患者さんのあるある訴えを検証する。




腹痛という謎について


――「胃が痛い」と思ったときに、少しだけ立ち止まる理由

外来の診察室で、一日に何度も耳にする言葉があります。

「先生、胃が痛いんです。」

もちろん、そのように感じるのは自然なことです。


みぞおちのあたりに不快感や痛みがあれば、人はそれを「胃」と表現します。


日常会話としては、まったく違和感のない言い方です。

ただし消化器を専門に診療している立場からすると、この言葉を聞いたとき、すぐに結論へ飛びつくことはありません。むしろ、ほんの少しだけ思考の速度を落とします。

「本当に胃だろうか。」

医学という学問は、ときに“疑うこと”から始まります。


疑うと言っても、人を疑うのではありません。自分の直感を疑うのです。

人間の身体は、驚くほど巧妙でありながら、同時にかなり曖昧でもあります。


とりわけ腹部という領域は、その曖昧さが顕著に現れる場所のひとつです。

みぞおちの周囲には、胃だけが存在しているわけではありません。


そこには十二指腸があり、胆のうがあり、膵臓があり、少し位置を変えれば小腸や大腸も関わってきます。

つまり腹痛という症状は、医学的に言えば単一の臓器を指し示すものではないのです。


それはむしろ、「このあたりで何かが起きているらしい」という、やや曖昧な信号に近いものです。

この話を説明するとき、私は時々、教育の現場の例え話を使います。

もし教室の後ろの方から、ざわざわとした声が聞こえてきたとします。


振り向いてみると、そこにはいつも賑やかな数人の生徒が座っている。

その中には田中君という生徒がいて、これまで何度か先生に注意されたことがある。


いわば“疑われやすい存在”です。

さて、このとき先生はどうするでしょうか。

「また田中君だろう」

と断定するでしょうか。

もちろん、その可能性はあります。


しかし、経験のある教育者ほど、ここで少し立ち止まるものです。

田中君の隣には鈴木君がいる。


後ろには佐藤君がいる。


そして杉坂君も、なかなか活発な人物です。

騒がしいのは確かにその方向です。


しかし誰が騒いでいるのかは、確認してみなければ分からない。

教育の世界では、それはごく自然な態度でしょう。

腹痛の診療も、実はこれと非常によく似ています。

「胃が痛い」という訴えは、


たとえるなら「教室の後ろが騒がしい」という情報です。

場所は大まかに分かります。


しかし原因は、まだ特定されていません。

そしてもう一つ、臨床の現場では非常によく起きることがあります。

それは、患者さんの言葉と実際の痛みの場所が一致していないことです。

カルテには「上腹部痛」と書いてある。


しかし実際に指さしていただくと下腹部だったりする。

あるいは「下腹部が痛い」とおっしゃるので診察してみると、


実際にはみぞおち、つまり上腹部だったりする。

さらに言えば、発症から時間が経つにつれて


痛みの場所が移動することも珍しくありません。

加えて、多くの患者さんは解剖学的な境界を知っているわけではありません。

「胃のあたり」と言われている場所が


単におへその周囲を指していることもあります。

「下腹部が痛い」と言われて診察すると、


実は鼠径部、つまり足の付け根だった、ということもあります。

こうした言葉と身体の地図のズレは、日常診療では驚くほど頻繁に起こります。

だからこそ、診断というのは慎重でなければいけません。

もし「胃が痛い」と言われた瞬間に、

「では胃薬を出しておきますね」

と処方して診察が終わるとしたら、


それは少々乱暴な医療と言わざるを得ません。

少し辛辣な言い方をすれば、


それは診断ではなく、ただの連想ゲームです。

症状から臓器を連想し、薬を出す。


それでは医学というより、むしろ占いに近い。

もちろん、多くの腹痛は軽いものです。


しかし医学というのは、軽そうに見える症状の中に例外が紛れている世界でもあります。

だからこそ、消化器の診療では


曖昧な情報を一つずつ整理していきます。

血液検査を行う。


腹部エコーで胆のうや肝臓を見る。


必要に応じてCTを撮影する。


あるいは内視鏡で直接粘膜を観察する。

こうした過程は、時に回り道のように見えるかもしれません。


しかし実際には、最短距離で真実に近づく方法でもあります。

ここで、患者さんからよく聞かれる質問があります。

「そんなにいろいろ検査をする必要があるんですか?」

これはもっともな疑問です。


しかし実は、ひとつの検査だけでは見破れないことがあるという特性があります。

例えば胆石症。

胆石には、CTで写るものもあれば、


CTでは写らないタイプの石も存在します。

こうした場合、非常に有効なのが腹部エコーです。


胆石の検出率という点では、むしろエコーの方が優れていることもあります。

しかしエコーにも弱点があります。

体の奥深い部分は見えにくい。


高度肥満の方では、超音波のビームが届きにくく、


腹部の奥まで十分に観察できないことがあります。

そのときに威力を発揮するのがCTやMRIです。


これらは身体の深部を立体的に解析する能力に優れています。

つまり、

検査にはそれぞれ得意分野と弱点がある。

だからこそ、複数の方法を組み合わせて


全体像を見ていく必要があるのです。

さらにもう一つ、医学の現場には有名な落とし穴があります。

それは

一つ病気を見つけると、それが唯一の原因だと思ってしまうこと

です。

これは実は、私自身が研修医の頃に経験したことでもあります。

腹痛の患者さんを診察し、検査をしたところ胆石が見つかりました。


私は「原因はこれだ」と思い、意気揚々と上級医に報告しました。

すると上司は静かにこう言いました。

「本当に、その胆石だけが今回の腹痛の原因なの?」

さらに検査を進めていくと、


その患者さんには胃潰瘍も存在していたことが分かりました。

つまりその方は、

胆石症


そして胃潰瘍

という二つの疾患を同時に持っていたのです。

腹痛がどちらから来ているのかは、


実際には非常に判断が難しい状況でした。

現実の身体は、教科書よりも複雑です。

症状というのは、


複数の原因が重なって生まれることもあります。

会社経営に例えるなら、

製品もよくない。


アフターサービスも弱い。


宣伝戦略も失敗している。


ネットの評判も良くない。

そうした要因が重なれば、当然業績は落ちます。

人体の症状も、それとよく似ています。

だからこそ、消化器の診療では

「とりあえず薬を出す」

という発想よりも、

「何が起きているのかを丁寧に理解する」

という姿勢を大切にしています。

思い込みで結論を出さない。


直感だけで判断しない。


客観的な情報を集める。

これが、いわゆるEvidence Based Medicine(EBM)の基本的な考え方です。

もし腹痛を感じたとき、


「胃が悪いのだろう」と思うこと自体は自然なことです。

ただ、医学の視点から言えば、


そこからもう一歩だけ考えてみる価値があります。

教室の後ろで騒いでいるのは、


本当に田中君なのでしょうか。

あるいは鈴木君かもしれない。


佐藤君かもしれない。

もしかすると、全員かもしれない。

医学とは、その可能性を一つずつ丁寧に確かめていく仕事なのだと思います。

 
 
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